枝雀師匠の「ふたなり」

枝雀師匠の「ふたなり」
私が十年ほど前になりました病気を「死ぬのがこわい病」と自称しておりますが、別に
死に際の苦しみが怖いというのではありません。根元は、小学生の頃、フロ屋へ行た帰り
に石けんとかタオルを入れた桶を自転車の荷台にコトンと置いた時にふっと思った「人間
は死んだら無くなってしまうのではないか」という怖さなんです。つまり死んだら自分と
いうものの存在が消えてしまうという恐怖なんですね。病後は、人間というのはなくなら
ないということに気づきましたんでその恐怖はなくなりました。人間は大きい餅からわか
れた小餅なんですね。
その小餅に皮がありまして、それが「我」というものなんです。はじめのうちはその皮
が厚いんですが何度も生まれかわり死にかわりしているうちに皮が次第に薄くなって、い
つの日にか「我」の皮がなくなる。自他の区別がなくなって大餅に吸収される時が来るの
です。多分私の代では無理でしょうが、いずれ実現するよう現在も皮を薄くするお稽古
しているのであります。

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